礼拝案内
礼拝は日曜日10:30から1時間程度です。讃美歌を歌い、聖書を読み、牧師の説教があります。そのほかにも主の祈りを祈り、誕生の祈りがあります。
月に1回は聖餐式(パンと葡萄ジュースをいただく儀式)もあります。最初は少し堅苦しく感じるかもしれませんが、一週間の忙しさの中でゆっくりする時間として過ごすのもありかと思います。
また、キリスト教の要素が詰まった説教は、(多分)他ではなかなか聞けない内容だとも思いますので、それを聞きに来るのもあり、です。
次回礼拝:2026年7月5日(日) 午前10時30分から(1時間程度)
詳細は下記の週報をご確認ください。
今週の週報(PDF)
年間聖句
狭い門から入りなさい。
【新約聖書 マタイによる福音書 7章13節】
教会とはどんなところ
★ゆっくり過ごしてください
教会、宗教というと、堅苦しいイメージがどうしてもありますが、意外にも明るく騒がしいのが札幌手稲教会です。
聖書を読んでも笑えませんが、教会の中は笑顔と世間話、食事(コロナで今はなしですが)や歌声に溢れています。無論、そうしなければならないわけではなく、静かに礼拝堂に座っている方もおられれば、ゆっくり聖書や他の書物に目を通す方もおられます。
他にも、聴覚障害者のための手話の学びがあったり、視覚障害者のための聖書・讃美歌も置いてあり、いろんな特徴のある方にゆっくり過ごしていただけるような雰囲気と設備があります。
★要するに…
どんな方がお越しになっても、ゆっくり過ごせるような場所、それが教会です。
教会のイベント
★来てみて分かる楽しいイベント
コロナがある程度終息して、皆が元気に動けるようになれば…の話ですが、バザー開催(食品、衣料、手作り手芸品、がらくた市、わなげコーナーなど)、焼き肉パーティー、キリスト教三大祝祭日(クリスマス、イースター、ペンテコステ)の食事会などを行います。
★今はこれだけ
現在は食事や大勢が集まってのイベントが出来ないために、少人数で集まる聖書を読み祈る会のみを開催しています(毎月第1・3水曜日10:30から1時間程度)。
アクセス
〒006-0022 札幌市手稲区手稲本町2条3丁目3-1

牧師室より
no.617『次は止める』
「なぜ止められなかったのか」。江別市で起こった大学生による集団暴行事件の公判で裁判長が語った言葉である。主犯格の男性の暴行を周囲の者達は見ており、煽ってもいたとも報道されている。なぜ死に至ってしまったのか。命の尊さを忘れるぐらいに感情が高ぶったのだろうか。それにしても「なぜ止められなかったのか」。
この言葉は古代から言われ続けている。戦争をなぜ止められなかったのか。為政者の暴虐をなぜ止められなかったのか。目の前の悪しき出来事をなぜ止められなかったのか…
理由は多くあると思うが、その一つは保身であろう。被害を受けている人に味方すると、自分が巻き添えをくらい、被害者になりかねない。加害者であることのほうが身の安全を確保できて、事実も隠蔽できる。
一つの事件には当然のことながら、被害と加害が存在する。加害は大人数であることが多く、被害はその逆である。多数が少数を飲み込む事実は真実をも隠していく。そのことに保身のため加害者となった人々が気付いたとき、激しく後悔する。こうして、歴史の中で多くの人々が「なぜ止められなかったのか」と後悔し、反省しつつ、時を過ごしてきた。
イエスの十字架の出来事も同じ。弟子達は自らの保身を第一に考えた。イエス逮捕の瞬間は逃走、行方をくらます。その後悔と反省から、弟子達は家に閉じこもり外には出なかった。だが、その後、イエスの深い愛の眼差しによって、弟子達は息を吹き返して、宣教の旅に出る。
「なぜ止められなかったのか」。この思いは誰もが経験する。だが、そこで立ち止まってはならない。深い反省と後悔があるなら、イエスはどんな人にも愛の眼差しで次の道筋を示してくれると信じよう。(K・H)
平和への願い
あらゆる武力を使った争いに反対します。それはキリスト教の教えとは正反対のものです。
今、ロシアがウクライナを攻撃しています。多くの人々の命が奪われています。
札幌手稲教会は、あらゆる命(軍人、民間人、小さき存在)が神から創られた尊いものと考えています。
それらを奪うのは許されない行為です。
改めて書きます。あらゆる武力を使った争いに反対します。
人は愛し愛されるために、誰かを大切にするために生まれてきたのです。
それを忘れてはなりません。
2022年2月27日
札幌手稲教会のインスタグラムです。



