礼拝案内
礼拝は日曜日10:30から1時間程度です。讃美歌を歌い、聖書を読み、牧師の説教があります。そのほかにも主の祈りを祈り、誕生の祈りがあります。
月に1回は聖餐式(パンと葡萄ジュースをいただく儀式)もあります。最初は少し堅苦しく感じるかもしれませんが、一週間の忙しさの中でゆっくりする時間として過ごすのもありかと思います。
また、キリスト教の要素が詰まった説教は、(多分)他ではなかなか聞けない内容だとも思いますので、それを聞きに来るのもあり、です。
次回礼拝:2026年6月15日(日) 午前10時30分から(1時間程度)
詳細は下記の週報をご確認ください。
今週の週報(PDF)
年間聖句
狭い門から入りなさい。
【新約聖書 マタイによる福音書 7章13節】
教会とはどんなところ
★ゆっくり過ごしてください
教会、宗教というと、堅苦しいイメージがどうしてもありますが、意外にも明るく騒がしいのが札幌手稲教会です。
聖書を読んでも笑えませんが、教会の中は笑顔と世間話、食事(コロナで今はなしですが)や歌声に溢れています。無論、そうしなければならないわけではなく、静かに礼拝堂に座っている方もおられれば、ゆっくり聖書や他の書物に目を通す方もおられます。
他にも、聴覚障害者のための手話の学びがあったり、視覚障害者のための聖書・讃美歌も置いてあり、いろんな特徴のある方にゆっくり過ごしていただけるような雰囲気と設備があります。
★要するに…
どんな方がお越しになっても、ゆっくり過ごせるような場所、それが教会です。
教会のイベント
★来てみて分かる楽しいイベント
コロナがある程度終息して、皆が元気に動けるようになれば…の話ですが、バザー開催(食品、衣料、手作り手芸品、がらくた市、わなげコーナーなど)、焼き肉パーティー、キリスト教三大祝祭日(クリスマス、イースター、ペンテコステ)の食事会などを行います。
★今はこれだけ
現在は食事や大勢が集まってのイベントが出来ないために、少人数で集まる聖書を読み祈る会のみを開催しています(毎月第1・3水曜日10:30から1時間程度)。
アクセス
〒006-0022 札幌市手稲区手稲本町2条3丁目3-1

牧師室より
no.615『あなたがいてよかった』
誤解を招くかもしれないが、「神がいてくれて良かった」とつくづく思う。どういう意味かと言うと、考え方が180度変わったからである。
私は旅をすると、何かしらのトラブルに巻き込まれる。アクシデントもあり、無事に帰ってこられたのが奇跡に近いと思うこともあった(詳細は過去の牧師室よりの9冊目を参照)。
友人達の多くは旅の思い出をとても楽しい口調で話してくれる。やはり旅は国内でも海外でも楽しいものなのだろう。
だが、私にとっての旅はそうではない。自動車事故に強盗、留置場に入れられる、泥棒、墜落寸前の飛行機、怪しい集団に囲まれる等々、トラブルとアクシデントの連続であった。
神を信じていないとき、落ち込んだ。なぜ自分はこんなに災いを呼び込むのか、と。そういう人のことを疫病神、あるいは貧乏クジを引くと一般的に表現するらしいが、私は集団で旅行をすると、トラブルには巻き込まれない。私が一人の時にしか起こっていないと考えると、やはり私自身が問題なのである。
因果応報という言葉がある。悪いことは自分が過去におこした悪いことが原因という意味だが、若い頃の私は完全にそうだと思い込んでいた。自分の悪い過去がこのトラブルを引き起こしたのだ、と。そうやって、自身を納得させようとした。だが、過去の悪いことは消せない。トラブルに出会ったあとは、常に「自分が悪い。自分はいなくても良い」と落ち込んでいた。
しかし、「出来事は因果応報ではなく、神がその人にしたこと」とイエスが語る聖書の箇所を読んだときにこう思った。「出来事は、神が人を成長させるため、その人の能力を引き出すために起こすのか」と。そう考えたとき、心が急に軽くなった。
人は誰かの一言で心が軽くなる。聖書は時に難しいが、ときに人の心を一瞬にして軽くする魅力を持つ。(K・H)
平和への願い
あらゆる武力を使った争いに反対します。それはキリスト教の教えとは正反対のものです。
今、ロシアがウクライナを攻撃しています。多くの人々の命が奪われています。
札幌手稲教会は、あらゆる命(軍人、民間人、小さき存在)が神から創られた尊いものと考えています。
それらを奪うのは許されない行為です。
改めて書きます。あらゆる武力を使った争いに反対します。
人は愛し愛されるために、誰かを大切にするために生まれてきたのです。
それを忘れてはなりません。
2022年2月27日
札幌手稲教会のインスタグラムです。



