礼拝案内
礼拝は日曜日10:30から1時間程度です。讃美歌を歌い、聖書を読み、牧師の説教があります。そのほかにも主の祈りを祈り、誕生の祈りがあります。
月に1回は聖餐式(パンと葡萄ジュースをいただく儀式)もあります。最初は少し堅苦しく感じるかもしれませんが、一週間の忙しさの中でゆっくりする時間として過ごすのもありかと思います。
また、キリスト教の要素が詰まった説教は、(多分)他ではなかなか聞けない内容だとも思いますので、それを聞きに来るのもあり、です。
次回礼拝:2026年2月8日(日) 午前10時30分から(1時間程度)
詳細は下記の週報をご確認ください。
今週の週報(PDF)
年間聖句
はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。
【新約聖書 マタイによる福音書 18章18節】
教会とはどんなところ
★ゆっくり過ごしてください
教会、宗教というと、堅苦しいイメージがどうしてもありますが、意外にも明るく騒がしいのが札幌手稲教会です。
聖書を読んでも笑えませんが、教会の中は笑顔と世間話、食事(コロナで今はなしですが)や歌声に溢れています。無論、そうしなければならないわけではなく、静かに礼拝堂に座っている方もおられれば、ゆっくり聖書や他の書物に目を通す方もおられます。
他にも、聴覚障害者のための手話の学びがあったり、視覚障害者のための聖書・讃美歌も置いてあり、いろんな特徴のある方にゆっくり過ごしていただけるような雰囲気と設備があります。
★要するに…
どんな方がお越しになっても、ゆっくり過ごせるような場所、それが教会です。
教会のイベント
★来てみて分かる楽しいイベント
コロナがある程度終息して、皆が元気に動けるようになれば…の話ですが、バザー開催(食品、衣料、手作り手芸品、がらくた市、わなげコーナーなど)、焼き肉パーティー、キリスト教三大祝祭日(クリスマス、イースター、ペンテコステ)の食事会などを行います。
★今はこれだけ
現在は食事や大勢が集まってのイベントが出来ないために、少人数で集まる聖書を読み祈る会のみを開催しています(毎月第1・3水曜日10:30から1時間程度)。
アクセス
〒006-0022 札幌市手稲区手稲本町2条3丁目3-1

牧師室より
no.606 『活気ある宗教とは』
東京での会議の合間、浅草を訪れた。映像でしか見たことがなかったが、なんとも活気に溢れる町である。浅草のイメージは浅草寺の入り口の風雷神門(雷門と書いてある提灯)、落語などを楽しめる演芸場、商店街などの下町の風情である。
寺、演芸場、お店。言い換えれば、宗教、笑い、食があれば、もちろん活気があるのが当たり前ではある。しかし、実際に行ってみて、浅草にはイメージだけではない活気が感じられた。
まずは浅草寺のおみくじである。ほとんど凶しか出ないと言われるおみくじの周囲はチャリンと100円を入れて、ガラガラと音を立てる客で溢れている。おみくじで人生がバラ色や灰色に変わるとは思えないが、なぜか人は一喜一憂する。目には見えないが、期待感と焦燥感、そして消失感という人の心が浅草寺の一角には溢れていた。
寺の周りには出店が溢れる。雑貨、食べ歩き、お土産店などが軒を連ね、殆どの人が見てるだけ…で買わないが、それでもお店の人は大声を張り上げて呼び込む。多くの外国の方々は、和服に着替えてコスプレを楽しみ、車道に溢れる人力車の車夫の粋なトークに酔いしれる。路地に入ると、マニアックな趣味の店が並び、マイノリティの熱気が溢れていた。
人を楽しませるありとあらゆるモノが並び、それを楽しもうとする人が溢れる浅草。これで活気がないはずはない。言い方は悪いが、寺だけ、店だけ、人だけではこれほどの活気はない。やはり、多くのモノが複合してこその活気、それこそが浅草。
日本のキリスト教は昔から複合的ではなかった。逆にひっそりとした建物で静かに礼拝を捧げてきた。出店や人で教会が溢れることはあまりない。だが、教会には溢れるモノが一つある。それは神の愛とそれに感化された人の愛。愛こそ人の心に活気と熱気が溢れるモノであると信じたい。(K・H)
平和への願い
あらゆる武力を使った争いに反対します。それはキリスト教の教えとは正反対のものです。
今、ロシアがウクライナを攻撃しています。多くの人々の命が奪われています。
札幌手稲教会は、あらゆる命(軍人、民間人、小さき存在)が神から創られた尊いものと考えています。
それらを奪うのは許されない行為です。
改めて書きます。あらゆる武力を使った争いに反対します。
人は愛し愛されるために、誰かを大切にするために生まれてきたのです。
それを忘れてはなりません。
2022年2月27日
札幌手稲教会のインスタグラムです。



